NY serendipity

職なし・子なしのアメリカ・ニューヨークの駐妻が何かを見つけるまでのお話

NY女一人旅 妄想女子の絵画鑑賞②inメトロポリタン美術館

 ニューヨーク観光に一人で来ても、絵画の知識が全然なくても、妄想力があれば、美術館を楽しめる!でも、どうやって?という方に、妄想女子の頭の中を公開する第2弾。

今回は、ガイドブックには載っていないが、迫力に圧倒された2点のお話。

 

 

The Ameya by Robert Frederick Blum(ブルーム)

1893年(36歳) 

The Ameya MET DT222052

Robert Frederick Blum [CC0], via Wikimedia Commons

 

 **美術館での妄想** 

アメリカのきらびやかな絵画の中に、急にリアルな日本きた!!と、思わず近くに寄ってみてしまう。

地面の土臭い感じ、排水路が板でおおわれている感じ、女の子たちの着物のぐちゃぐちゃ具合、髪の毛のぼさぼさ具合、朝ドラより、昔の日本をリアルに感じられる。看板もブルーム的には意味もわからないだろうに、きっちり絵として模写されている。

こんなにごまかしされてない庶民の絵、あまり見たことがない。というか、セピア色の写真よりリアル。

飴屋さんの左の女の子とか、家に帰って商売している母親に「飴がすごかってん!めっちゃほしいわ~」と言って、「赤ちゃんが大きくなったらこれからが物入りやのに、あかんでしょ」と怒られてスネるところまで想像しちゃう程、リアル。

せっかく知っている風景だから、もう少しじっくり見てみよう。

離れてみると、突如浮かび上がる飴屋の鮮明な青。周りに赤や白もちりばめられているのに、この青が物語の主題なんだと思わせる青。

というか、飴屋なのに、飴の描写はそんなに細かく書いていない。代わりに着物と髪の毛がとっても細かい。特に、着物。飴屋の青い服が描きたかったのかな。

大人の男性も3人いる。なんだかきれいに三角形を描いているのは、敢えて?飴屋の高い技術に、全然興味を示さない大人と、興味を示す子供たちの対比がいいとかそういう感じ?

あと、子供の中で一人、飴ちゃんを買った娘さんは、飴屋さんの技術に目もくれない感じが良い。買えた子供と買えない子供的な?

 

**帰宅後の振り返り**

 まず、ブルームさんがなぜ日本に来たのか調べてみる。(安定のウィキペディア様)

1876年、19歳の時、アメリカ独立100周年を記念した フィラデルフィア万国博覧会での日本の展示がきっかけで、日本に関心を持つようになる。

リトグラフ店で働いたほか、シンシナティ美術学校ペンシルバニア美術学校で学ぶも、実質的に独学で才能を発揮し始める。

1879年にニューヨーク市に移住後、出版社チャールズ・スクリブナーズ・サンズの仕事をしながらヨーロッパ各国を訪れる。

1890年、33歳の時、エドウィン・アーノルドの雑誌記事の挿絵のため初来日、その後1892年までの2年3か月を日本で過ごし[1]明治時代初期の市井の風景を水彩画、油絵、パステル画で描いた。同記事は1891年にブルームの挿絵とともに『Japonica』の書名で一冊の本として出版された。

 

なるほど。。万博って意味があったんだなぁ。まさにエキゾチックジャパンだったんだろうなーどんな展示だったんだろう。そして、19歳から気になっていた日本に33歳でついに訪れて、本にしたのか。ひょこっと日本に来たわけじゃないからこそ、熱意をもって、これだけ細かく描写したのかもと思った。

 

さて、飴屋で検索すると、すごい似た絵が東京にあると話題になっている。

それが、チャールズワーグマンの飴売り。

 

Charles Wirgman CandyMan

Charles Wirgman [Public domain], via Wikimedia Commons

 

似てる!!笑

似ているというか、ほぼ同じ。もはや間違い探し。ブルームのほうが鮮明で模写的で男性が多いくらい?しかも、鮮明に描かれたブルームのほうが遅くに描かれたらしい。なんてこと。

 

更に、青にこだわっていたというご意見の方も発見。(嬉しい)なるほど、藍染だったのか。

最後にTHE METの解説を振り返り。

ブルームは飴屋のガラス細工のような技術に感動したらしい。それじゃあやっぱり、興味を示さない日本男性が不思議に映ったんだろうなー。

  

 

Heart of the Andes by Frederic Edwin Church

1859年(33歳)

Church Heart of the Andes

Frederic Edwin Church [Public domain], via Wikimedia Commons

  

 **美術館での妄想** 

ワシントンで滝の水しぶきに感動したフレデリックチャーチを発見!とても大きな絵、吸い込まれそう。何をどうやったらこんなに美しい絵が描けるのだろう・・・。

絵の説明を見ると、展覧当初は「この絵はオペラグラスを使って見てね」と書かれていたらしい。すごい自信だなーんなわけないやろーと思って、近づいてみる。

って、ほんまや…(さんまさん笑)

植物図鑑レベルに細かく、様々な草木が書かれている・・・。森林でうっそうと茂っているイメージのシダは、やっぱりうっそうと茂っているし、木の節目も種類によってもちろん変化。手前の木々には、間違い探しのように、鳥や蝶も止まっている。この集中力たるや、人間とは思えない。何か必死に祈ることでもあったのかな。

中央やや左下に、ちいさく十字架を立てて祈る人が数人と、中心あたりに小さな集落。人間のちっぽけさと自然の畏怖が込められている感じする。圧倒的な自然。

休憩がてら絵の前に置いてある椅子に座って再度鑑賞。

光がさしているのは、左から。この日差しはきっと夕方になる少し前くらいだろうか。

滝の水しぶきが光る白から、左奥の氷山の輝く白までが太陽に照らされていて、遠近感を感じる気がする。でも、左下の木、なんでここだけ光ってるんだ!?太陽光とは全然関係ない気がする・・・。と、寄ってみると、”FECHURCH 1859”の文字!

なんという遊び心。こういう細かい心配り、たまらん。

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本物と見紛う木に彫られた署名

 

**帰宅後の振り返り** 

チャーチさんは、なぜこんな細かい絵が描けるのか、まずはウィキペディア様・・・と思ったら、日本のウィキペディアは、まだ浅いようだ。

骨が折れるが、英語のウィキペディアに頼ってみよう。

・お金持ちのぼんぼんで、美術に若い頃から打ち込めた

・ハドソンリバースクール派で、師匠的なトーマスさんとも若いうちに出会った

・この作品は、チャーチさんが有名になるきっかけになった作品

・チャーチさんの絵を使って南アメリカ旅行を増やそうとしたビジネスマンのおかげで南アメリカに行った

・近代地理学の祖である、フンボルトさんに感銘を受けた

 

なるほど、フンボルトさんの影響を受けたからこそ、植物の細かさが図鑑並みだったのか。画力があるからこそできる技。風景を細かく分解しながらみることができる人だったんだろうな。

 

最後に、THE METの解説サイト をグーグル翻訳しながら読む。

この作品は当時大人気になって、毎月1万3000人を動員したとか。まっとうに評価された画家だったらしい。もう少しこの天才を知りたくなった。

 

チャーチに初めて出会ったワシントン旅行はこちら。 

www.newyorkserendipity.site

 

 

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